格子系のステンシル計算を行う数値流体シミュレーションでは,演算よりメモリアクセスに時間を要するため,GPUのような広いメモリバンド幅を持つアクセラレータを利用することによって高い実行性能を引き出すことができます. 東工大のスパコンTSUBAMEに搭載されているGPUを複数台用いる計算コードを開発することで,大規模な数値シミュレーションが可能となりますが,圧力ポアソン方程式を解く半陰解法では問題依存でスケーリングが悪化する問題がありました. そこで我々は,有限差分法・有限体積法の枠組みで弱圧縮性を許容した計算手法を開発し,問題に依存しない理想的なスケーリングを達成することができました. 弱圧縮性を許容する手法として近年注目を集めている格子ボルツマン法と比較して,数値安定性的に厳しい流動状況(高密度比,激しい流れなど)でも安定に計算できる利点を持ちます. 有限体積法の適用と勾配制限による運動量保存性と数値安定性の担保や,気液界面捕獲手法の改善,複雑境界の取り扱いなど多方面からの計算手法改善を継続的に行っています.
3次元空間上で格子間隔を半分にするような高解像度化を行う場合,総格子点数は8倍となり,典型的な移流支配の流れが解析対象ならば時間刻み幅は半分となるので,同じ物理時間まで計算するためには16倍の計算コストが必要となります. そこで,格子点数を削減する手法として,全領域を同じ解像度の格子で切らずに必要な部分のみ高解像度格子を用いるAMR(Adaptive Mesh Refinement)法の考え方が登場しました.AMR法自体は1980年代から提案されていたにも関わらず,気液界面に高解像度格子を集めるAMR法は実装と数値的困難さから,実用的な例はほとんど報告されていませんでした. 開発を進めてきた弱圧縮性気液二相流計算手法では,圧力ポアソン方程式を解く必要がないため,解像度差に起因するポアソン方程式の収束性悪化の問題にも阻まれず,ブロック構造格子を用いたAMR法を採用することで,高効率にGPU上で計算可能です. 気液界面は時々刻々動いていきますので,動的に細分化格子を適合する必要があり,複数GPUを用いる場合は動的な領域分割が必要になります.動的領域分割を行うAMR法の複数GPU実装は難易度が高く,ほとんどやられていませんが,フルスクラッチでコード開発を行っており,良好なスケーリングを達成しています.
X線CT画像から取得した形状データを用いた高精度流体シミュレーションから多孔体の相対浸透係数等の重要な情報を得るアプローチであるデジタルロックフィジックスと呼ばれる概念があります. 実験ではボーリング調査等で取得される岩石コアを用いて1ヶ月オーダーのコストをかけてようやく多孔質の特性が得られます. 数値計算では任意の多孔質形状を用いて計算できるため,岩石破片などから多孔質特性を抽出することができます. 実験と比較して数値計算では時間的・経済的コストを削減できるだけでなく,圧力分布や速度分布などの空間的なデータを得ることができたり,効果的な注入スキーム・物性値を検討する強力なツールになります. 弱圧縮性手法による混相流計算では,spurious currentのような局所的擬似速度が出ても高い数値安定性を持っており,実際の多孔質内の流動条件下でも計算可能であるという利点を持っています. 大規模計算に適合しながら,高い数値安定性を持つ手法の適用によってこれまで計算が困難であった低キャピラリー数流れや高密度比計算が可能であることを実証し,多孔体の重要なパラメータである相対浸透係数を得ることにも成功しています.
多孔体内の気液界面は,慣性・粘性・表面張力といった流体特性に支配されます.多孔体への注入流速が小さい場合には,しばしば表面張力が支配的要因となり,界面が急激に変動するような現象が観察されます.そのような界面の急激な変動を含む混相流において,どのようにエネルギーが変換されていくのかを数値シミュレーションによって解明することで,従来のダルシーモデルに基づく予測の範囲から逸脱した流動条件でも高精度に予測可能となり,より高効率に注入するスキーム開発への糸口が掴めると考えています.
海底地下深くにCO2を圧入する際に,浮力によってCO2が上昇することがないような圧力条件下を狙う逆浮力法というやり方が提案されています.逆浮力法では非凝固層への圧入となるため,砂の流動を含む混相流の状態を予測する必要があります.DEM(Distinct Element Method)を混相流計算に適切に組み合わせることで,砂と流体の相互作用を含んだ計算が可能となり,逆浮力法の条件下でどのような流動が起こるか予測することが可能になると考えています.粒子と混相流の相互作用は,逆浮力法だけでなく様々なシチュエーションで見られる現象であり,大規模並列計算が可能となることで様々な問題に対してアプローチできるようになります.
AMR法によって界面に細かい格子を集めることができるようになったことで,液膜の両サイドが気相となる膜内部の流動まで解像したシミュレーションが実現できるようになってきました.左図では一つの正方形領域のブロックに4x4の格子が含まれており,非常に細かい格子が動的に界面に適合している様子がわかります.このような,これまで実現することが難しかった混相流のシミュレーションに挑戦していきます.
界面活性剤は気液界面に吸着・脱離し,溶液中と界面上の濃度がやり取りされながら移流拡散していく複雑な現象で,数値シミュレーション手法としてはまだ発展途上の分野です.これまでに新規濃度輸送モデルを提案したり,界面に吸着した界面活性剤の効果を混相流計算に反映させる複雑な混相流計算を実現してきました.薄い液膜の流動においては特に界面活性剤の効果が重要であり,高解像度計算が必須であるため,最近になって注目されてきている研究対象です.
プリンティング技術は印刷対象の多様化や,これまでのインク物性と全く異なるような新しい物性のインクの活用など,新たな展開が考えられています.実験的には装置の限界から,射出できる条件に限界がありますが,高精度かつ高効率な混相流シミュレーション手法を用いることで,様々なインクの飛翔条件でどのような着弾状態となるかを網羅的に計算することができます.
粘性が剪断速度で変わる非ニュートン性や,粘弾性を含む複雑な流体の利用も検討されています.それらの複雑流体を高精度に予測することは容易ではなく,モデルの改良や実験との整合性を向上させることが求められています.複雑流体の特性を理解することで,プリンティング技術だけでなく,様々な流体機器への応用が期待できます.
バイオエタノール等を利用する環境負荷の低い小型のSOFC(Solid Oxide Fuel Cell)が近年提案されています.小型SOFCでは,ベンチュリ効果や毛細管現象などの流体力学的作用を利用している他,燃料極多孔体へのガス流動は反応効率に直結します.SOFCの効率を上げるために,マイクロ流路内の流動計算や多孔体内ガス流動を計算することは非常に重要です.トポロジー最適化によるマイクロ流路の最適化や,多孔体の流路を全て解像した大規模ガス流動計算を実施し,設計に資する情報を得るような試みをしています.(東京科学大学 山田哲也先生との共同研究)
動的に格子構造が変動するAMR法の格子で複数GPUを使って効率的に並列計算することは非常に難易度が高いですが,自作コードで実現しました.これにより気液界面および物体近傍に非常に高い格子解像度を集めることができるようになりました.左図は曲がり管から排出されるオイルジェット計算の例であり,商用ソルバー等では実験で確認されるようなRe数の増加による界面の乱れを再現することは難しかったですが,本ソルバーによって界面乱れを再現することができました,左図の色は各GPUが担当するブロック(この場合4×4×4の計算格子が一つの白線立方体内にある)を示しています.
原子炉システム内には,FPガスと溶融塩などの液相を分離させるための気液分離装置が含まれています.効率的に気液を分離するための構造や流動条件は設計上重要な情報ですが,原子炉という特性から実験的にそれを確かめることは困難です.気液分離装置内の混相流は非常に激しく,高解像度かつ安定な計算手法が必須となりますが,既存手法では高解像度かつ安定に高密度比の混相流をシミュレーションすることは難易度が高かった背景がありました.数値安定性が高く並列計算に適合性が高い手法を開発していくことで,こういったチャレンジングな問題にも取り組んでいきます.